第3章 健全な精神は健全な肉体に宿りかし
瑞稀は身体を動かすことを日課としている。
毎朝五キロから十キロのロードワークと基礎トレーニング、武術は小さい頃からひと通り叩き込まれていた。
鍛え続けていると一旦休んだ場合遅れを取り戻すのに数倍の時間が掛かり、何をするにも身体が重く感じた。
それに、汗をかいている時は余計な事を考えずに済んだ。
考えてどうにもならない時は極限まで肉体を疲れさせて何も考えずに泥のように眠る時もある。
父親に言わせれば自分達のような人間には必要な事、らしい。
常人よりも強い欲望を持ちそれに溺れない為には強靭な精神力が必要だと。
それに比例して高い身体能力は並の運動量では足りないと。
瑞稀には週に二度ほど専属の師範が稽古をつけてくれていたが、稽古代わりに彼が開いている道場に師事する立場で呼ばれる事もあった。
床の上で準備運動代わりに数度フットワークを調整する。
首を回して息をつき、その後初めて相手と対峙する。
普段瑞稀が相手にしてもらってる師範レベルならともかく、それで九割九分勝敗が決まる。
空手だろうが柔道だろうが剣道だろうが同じ事だ。
普通の人間には、大体気が足りないのだ。
場数を踏むのもあるが、本気で仕留める覚悟があるかどうか、一点の集中力に賭けられるかどうか。
それさえあれば普段のトレーニングだけであとは身体が付いてくる。
踏み込んできた足から次の攻撃を読む。
左の拳を捌き、瞬間、密かな風の流れで、右からの気配を感じた。
後ろに逃げるよりも軸足に体重を乗せ、先にぶち当たる勢いで前に進み、相手の喉元を狙う。
咄嗟に左右の動きでかわされたが、向こうがややバランスを欠いた所で伸ばした膝を放った。
顎の寸前で、足先をぴたと止めた所で相手が言った。
「……参りました」
瑞稀と同じ位の歳の学生のようだった。
崎元逸巳、と言ったか。
筋は悪くない。
「初撃の気迫が良かった。 もっと下半身を鍛えて腰を安定させるといい」
「ありがとうございます」
礼儀正しく返事をして戻って行く。
涼し気な様子の目鼻立ちが誰かに似ている、と思った。