第11章 感情は航海の帆を張る
だけど私にも答えがある。
私は要らないのだ。
「違う」
ガシャンと音がし、瑞稀が顔を上げると澤子が割れたグラスを手にしていた。
あなたが居ないなら私はもう要らない。
「……何やってる? 怪我を」
瑞稀が止めるより早く、澤子はその破片を自分の腕に刺して横に引いた。
「馬…っ!!」
咄嗟に手首を掴んで捻り澤子の手のひらからグラスが滑り落ちて砕ける。
瑞稀の頬に赤い雫が跳ねた。
視界に血に濡れた腕が飛び込んでくる。
──赤い血
「……ぐ」
衝動と拒絶が一気に瑞稀を襲い咄嗟に口許を手で抑えた。
真っ直ぐにそんな瑞稀を見詰める澤子の指先からパタパタと赤い雫が垂れている。
「私がここに居るのはあなたにああされたからじゃない。 私を見付けてくれたでしょう?」
「は……澤子、血が出てる」
「私を何度も助けてくれた。 私は会う度に暖かい気持ちになって、逸巳にも。 あなたは本当は」
「澤子」
瑞稀は澤子の手を掴んで口許に運び、流れる血をゆっくり舐めとる。
指先から手の甲へ、手首から腕の傷口へと。
舌が傷に触れた瞬間に澤子の顔が痛みで歪んだ。
「……っあ」
無表情で一心に血を舐める男の様子は異質なものがあった。
澤子は目を見開いてその様を見守る。
「……甘い」
一見無表情の表情の瑞稀に澤子はかける言葉が無い。
瑞稀はそうしながらも何かを堪えている顔をしている。