第10章 前後を切断せよ
瑞稀はテーブルに寄り掛かって高雄に言った。
「親父、俺は好きな女がいる」
高雄の表情は大して変わらない。
「…気付くのが遅い。 食欲と性欲は密接に関係している。 私たちの『欲』の最初の発動は、心から欲した者に対峙した時に生まれる。 魅力的な雌を見たら手に入れたくなる、単純な事だ」
「それで、お前はどうするつもりだ?」
「……どうもしない。 俺には好きな女と付き合う資格はない」
「では何故私に話した?」
「澤子には手を出して欲しくないからだ」
「……なるほど。 ではお前の選択肢は二つだ。 自らその女を喰うか、生涯お前の身体で奴隷にするか」
瑞稀の顔色が変わる。
「……何を言ってる?」
「崎元澤子、24歳。 花屋の販売員。 …… 彼女の両親の事は?」
「亡くなった事は知っている」
「それでは、これは? 彼女は13歳の時に男に暴行されている」
「……それも知ってる」
「その際に負った脳挫傷、足関節果部骨折、卵管損傷。 その後4年にわたる精神治療の既往歴、……後遺症として左膝機能不全、不妊症。 お前を受け入れる強さは彼女には無いだろう。 肉体的にも精神的にも」
彼女が男に怯えたり触られるのを嫌ったり、周りを気にし過ぎる理由。
瑞稀はまだ小さな少女の澤子を想像した。
その男に対する嫌悪、次いで憎悪が湧いてくる。
目の前に現れたら殴り殺してやりたい位だ。