第10章 前後を切断せよ
瑞稀が自分の家の玄関を通った時、ふわりと濃く甘い花の香りがした。
母親の命日。
高雄の部屋にもこの花が飾られている筈だ。
唇に薄く澤子の血の味が残っていた。
あれで澤子は自分の話を信じただろうか。
少なくとも普通では無いという事は分かった筈だ。
生きている人間の血を舐めたのは初めてだったが、やはり今まで口にした女の身体の中で一番美味かった。
あの指に歯を立てられたら。
一瞬でもそう思ってしまった。
もう澤子と会うことは無いのだろう。
「これ、母さんに花を頼む」
「こちらへ、瑞稀様」
「お帰り、瑞稀」
思ったとおり、高雄の部屋の一面の壁はこの花で埋め尽くされていた。
『これ、信頼とか、真実の愛とかって花言葉があるけど』
そんなものがあったのかは知らないが、これを見るに高雄なりに母親を想っていたのだと思う。