第11章 お初にお目にかかります
どれがいい、と。
がドリップコーヒーの袋をいくつもいくつもキッチンカウンターの引き出しから取り出し、爆豪に見せてくる。
「てめェ、棚私物化してやがんのか」
棚に詰まっているコーヒーパックを見下ろし、爆豪が見下したかのような声色でそう言った。
『カフェインレスをお勧めするよ』
これは酸味が強いよ、これはあっさりしているよ、と彼女は爆豪に、パッケージの違うコーヒーパックを一つ一つプレゼンしてくれる。
いっちゃん上手ェやつ、と短く指示を出し、爆豪がまな板に並んだ野菜を片っ端からものすごい勢いで刻んでいく。
『どれが一番美味しいのかわからない』
「あ?マニアきどってんじゃねぇのかよ」
『…マニア…私はコーヒーの味が好きっていうより』
そう言って彼女は。
バッサバッサと砂糖を何杯も自身のコーヒーへ投下した。
『コーヒーって、カッコいいから無理して飲んでるだけなんだよ』
「カッコ悪いだろそれ、舌腐っとんのか何杯入れんだ」
『腐ってない』
おそらく、これは爆豪用に用意されているものなのだろうと彼が推察していたマグカップに、彼女が砂糖を近づけた。
危機を察した爆豪が包丁から手を離し、ガッとの手首を捕まえた。
「おいコラ入れんな!」
『疲れてるかと思って。甘いもの食べると元気が出るよ』
「あァ!?」
『…なんだか、爆豪くんはこの寮に来た時からずっと』
ずっと、元気がなさそうだから。
彼女は爆豪にしか聞こえない声量で、そう呟いた。
ガスコンロの方へ背を向けている二人の背後では、上鳴が鍋からお湯を溢れさせ、慌てて切島がフォローに入っている。
彼女の言葉を聞き、目を見開いた爆豪は、一瞬だけ。
彼女の腕を掴む手から力を抜いた。
その瞬間を見逃さず、彼女が砂糖をマグカップへと投げ込んだ。
隣でブチ切れている爆豪に視線をくれることなく、はコーヒーを入れ、マグカップを差し出した。
『言うほどそんなに甘くないよ』
そう言って、炊事当番ではないは、リビングで彼女を呼んでいる轟の方へと行ってしまった。
湯気が背後に蔓延している騒々しいキッチンで、爆豪は彼女が残していったマグカップを眺めて。
少しだけ口をつけてみた。
そして、誰にも聞こえない声量で呟いた。
「……十分甘ぇわ」