第30章 ワクワクさん
「…ッ…水、とってくる」
『え』
頑張りたい気持ちはあるものの、全く頑張れない。
セルフのウォーターサーバーのところへ急ぎ足で駆け寄り、盛大に溜息をついて、空のグラスに水を注いだ。
「はぁ…」
わずか5秒でフェードアウトを決め込んでしまった。
自己嫌悪に陥っている天喰の隣に、ひょこっとが現れた。
『手伝います』
「わっ」
ビクッと肩を揺らした天喰のブレザーの袖に、手に持ったグラスからこぼれた水がかかってしまった。
はそれを見て、自身のハンカチを取り出した。
両手を、水の入ったグラスで塞いでしまっている天喰。
数秒間考えた後、彼女はハンカチをそのまま、天喰の腕に押し当てた。
『大丈夫ですか』
トントンと腕に伝わってくる振動に反応し、天喰がかぁっと赤面する。
袖口を見つめていたが天喰の顔を見あげて、えーと、と口ごもった。
『そんな、水こぼしたぐらいは恥ずかしいことじゃないです』
「えっ。あっ、違うけど…フォローありがとう…はんかち、いいよ、大丈夫。汚れるから」
『水なので』
申し訳なくなりながら、天喰がグラスを一つ彼女に渡した。
片手の指の間で二つのグラスを持つ天喰の手を見て、が『手、おっきいですね』とコメントした。
そうかな、と返事を返しながら、彼女と二人、テーブルにつく。
食堂で、と、二人。
視界に広がる不思議なシチュエーションに、天喰の胸が躍った。
「…ご飯、食べるの…初めてだよね」
『そうですね。メッセージは毎日してるのに』
フシギですね、と。
そう言うが少しだけ、真剣な表情のまま、波動の話し方をまねたのが分かって、天喰の顔に笑みが零れる。
「A組、ライブだって聞いた。さんは何をするの?」
『裏方で演出をします』
「…とことん目立ちたくないんだね」
『はい。ひっそりと過ごします』
「…歌ったり、踊ったりはしない?」
『はい。ずっと裏方です』
「そっか」
そんな話をしていると、通形たちが戻ってきた。
変わったメンバーで昼食を取りながら。
天喰は、ぽつりと。
(…歌ったり、踊ったりしてるさん、ちょっと見てみたかったかも)
そんな願望を胸の内で呟いた。