第29章 分岐点
の個性によって、ぼろぼろになっていく治崎を、ルミリオンのマントの陰から目の当たりにした。
「救けてもらえるかもしれないって、その時初めて思ったんだそうだ。ルミリオンが、デクが、ぼろぼろになっているのを見て。救ってもらわなきゃいけないと思ったのと同じように」
あんなに幼い少女でさえ。
はっきりと、とルミリオン、デク、ナイトアイの実力差を理解した。
その現実に歯がゆさを覚え、緑谷は歯を食いしばる。
「命を賭して、人命を守る。命を賭しても、敵の命までは奪わない。ヒーローが目指すのは、殺し合いの世界じゃない。これは大事なことだ」
担任は前置きをしてから、苦言を呈した。
「救われると思ったその出来事が、敵が「死んだ」場面なのか、敵が「倒された」場面なのか。これからの少女の人生において、その分岐点は大きな影響力を持つ。自分が救われるために誰かが死ぬことを、例え相手が治崎であっても、あの子は望むことはしなかっただろう」
(伝えたいことの半分も、伝われば良い方だろうな)
そんなことを考えながら、赤信号で車を停止した。
相澤は視線を隣の教え子に移し、溜息をついて、提案した。
「綺麗事だと思うだろう。ヒーローが体現する世界は「そんなもの」だ。敵を殺して一件落着なんて事案は、そうそうない」
『……はい』
申し訳ありませんでした、と。
があまりに大人びた謝罪をするので、相澤はまた苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。
その話を聞いていた緑谷は、サイドミラー越しに、ひどく落ち込んだ彼女の横顔を見た。
そして、言葉を選び、彼女に話しかける。
「……エリちゃん、ずっとさんと話したそうだったよ」
『……うん』
「…次は、一緒にたくさんいろんな話をしようね」
『………』
「……えっと…」
『緑谷くん』
大丈夫、と。
彼女が会話を打ち切った。
緑谷はそれ以上踏み込むことは諦めて。
黙って頷いた。