第8章 息をしていて。【菅原孝支】
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「やっとそういう事になったか」
数日前の孝ちゃんとの事を報告する私に、開口一番、澤村くんが言った。
春高の応援に来ている私は、東京体育館のスタンド席に居る。
椿原戦を制した後、他の学校の試合を見ているバレー部にちゃっかり混じらせてもらっている。
「ホント。やっと、って感じだ」
「むしろ今までがどうした、ってな」
潔子ちゃんと東峰くんも口を揃えた。
「な?見事なまでに皆にバレバレだったってワケだ!」
と、孝ちゃんまで……。
「そうだったんだ……恥ずかしいな」
伸ばした長い髪を孝ちゃんが撫でてくれる。
「名前、髪、切らないの?」
「孝ちゃんは長いのが好きなんでしょ?」
「うーん……名前はどっちが好きなの?」
「どっちかと言えば、短いの……かな」
「じゃあ切って!短いのも絶対可愛いよ」
毎朝電源を入れていたアイロンに、心の中でお疲れ様、と私は言った。
そんな私達の様子を見てた澤村くんが席を立って、東峰くんと潔子ちゃんを連れてどこかへ行ってしまった。
「あ、気遣われたな」
ハハハ、と笑った孝ちゃんが愛おしかった。
「ねぇ孝ちゃん」
「んー?何?」
「耳貸して?」
内緒話をするフリをして、私は孝ちゃんの頬に軽く口付けた。
「名前っ!」
「元旦の時のお返しっ」
いつも余裕な孝ちゃんが、顔を赤くして驚いていたのが新鮮だった。
「試合、すっっごい!かっこよかった!!」
「惚れ直したべ?」
「えへへっ!」
「見てろよ。絶対、全部勝つから」
強く意気込んだ孝ちゃんの頼もしさに、私の左胸はまた速まった。
「王子様は無敵だもんねっ」
周りに聴こえないように、私は彼の耳元で囁いた。
隣で孝ちゃんが、息をしているだけで好きなの。
私は相も変わらず、息するのも大変なくらいドキドキしている。
お姫様は近いうちに、救急車を呼ぶ羽目になるのかしら?
恋人繋ぎをされて絡まり合った指が、ほどけていないか私は何度も確かめた。
END