第14章 レインドロップス【澤村・及川】
*澤村side*
窓際の席で頬杖をついて外を眺めている彼女を見かけたのは、部活に向かう為に隣のクラスの前を通った時だった。
「よっ、苗字。久しぶり」
「あ、澤村」
10月に入ったこの日は、少しずつ秋の空気が深まってきていた。
加えてしとしと降る冷たい雨で、今季一番に冷え込んでいた。
「何見てんだ?」
苗字の他に4・5人だけしか残っていないこの教室に、俺は入っていった。
「んー、雨……かな」
「雨?」
去年同じクラスだった苗字の事を、俺は気に入っていた。
苗字の媚びない性格とか、同級生にしては凛としている大人っぽさが見ていて落ち着いた。
恋愛感情とは違うものだ。
でも、人としての「興味」はある。
あと、もしかしたら「信用」や「安心」。
苗字になら話し掛けても大丈夫だっていう、俺の勝手な期待も絶対にある。
「雨ってさ、靴濡れるし髪広がるし、前は嫌いだったんだけど……今は好き」
「ふーん。何で?」
表情を変えないまま窓の外を見続けている苗字は、小さな声で言った。
「……リセットして、綺麗になる気がするから」
俺はその言葉の意味が判らなくて、苗字に返事を返せなかった。
この短い文章の中に、隠された彼女の「何か」があって、それは隠しておいたままじゃないといけない気がした。
「……もう行かなきゃ」
苗字は自席から立ち上がると、俺の顔を見てニコッと微笑んだ。
それが作り笑いである事は、すぐに判った。
「……おう。気を付けろよ」
ただ漠然と、俺は心配になった。
理由は分からないけど、心配なのに何故だか苗字に言葉を掛ける事が出来なかった。
女子は大人だ。
同い年でも、俺たち男が笑っている間にどんどん階段を登る。
男の俺なんかには、言えない事や言っても仕方が無い事、いくらでもあると思う。
「澤村。声掛けてくれて、ありがと」
去り際に、俺に背中を向けた苗字が言った。
「おー」
大人っぽい雰囲気が去年より増している苗字。
意味深な台詞と共に俺の脳内に靄を残し、彼女は帰っていった。