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わらべ歌【冨岡義勇】

第16章 最終話


山中ではあるが少し開けたその場所は、日光が当たりやすくなっているからか、桜が満開に咲いていた。宿のある麓の街ではまだ蕾だったから、随分と早い。

門のように両側に立ち並ぶ桜の大木を通り過ぎると、いくつかの墓石が目に入った。緊張から手が震える。「こっちだ」と手桶とひしゃくを持った義勇さんが先導し、私を案内した。

義勇さんのお姉さんの墓石は綺麗に手入れされていて、日光を眩く反射させていた。墓石の前に来ると義勇さんはすぐに、「帰ってきたよ、姉さん」と柔らかい声を出した。

そして義勇さんは手馴れた様子で墓石に水をかけた。私も花立の花を変えた。線香の匂いが鼻腔に飛び込んでくる。義勇さんが線香に火をつけたのだ。

義勇さんは線香の束を二つに割ると、片方を私に渡した。彼は線香皿に線香を寝かせる。私もそれに倣った。線香の煙は真っ直ぐに空に昇っていく。この煙がこちらの世界とあちらの世界を繋げてくれる。

目を閉じながら、出会ったことのない義勇さんのお姉さんに思いを馳せた。どんな女性だったんだろう。義勇さんから聞くに、優しくて世話好きの綺麗な人。外見は私に似ているそうだけど、私よりもずっともっと、綺麗だろうと思う。

自分の命を犠牲にして誰かを守るという行為は、何よりも素晴らしい、尊いことだと思う。だから私は――。

私達は長い間黙祷を捧げていた。目を開け義勇さんの方へ首を向けると、彼もこちらを見た。

「姉のためにありがとう」と、彼は言った。彼の背後には、透明に近い水色の空が、晴れ晴れと広がっていた。「義勇さんのお姉さんですもの」義勇さんは口角を上げ、立ち上がった。

「行くぞ」

私に差し伸べられた手は傷だらけで、彼の努力を伺わせる。大きく温かいその手はいつも私を守ってくれた。私だけじゃない。義勇さんはたくさんの人を救っている。寡黙で口下手な人だから、気が付かれにくいだろうけど。

けれど、それってあまりに悲しいから。義勇さんのほんとうを、誰かが見ててあげないといけないから、私がそばにいる。
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