第2章 『おそらくはそれさえも幸福な』
山の麓にある千代の家での生活は決して豊かなものではなかったが、決して飢えることはなかったし、何よりも千代がいる。
藍華は少しの貧しささえも愛おしいと思えるのだった。
そんな平穏で、幸せな日々。
それが一変した運命の分かれ道は、藍華が十二歳になったばかりの、暑い夏の日のことだった――
・*・
その日、藍華は一人で町までおつかいに来ていた。
齢が十を過ぎた頃から、千代におつかいを任されるようになっていたのだった。
いつもは言いつけ通り日暮れ前には家に辿り着くようにするのだが、この日はそうではなかった。
お世話になっているお店が、なんとほしい品物が品切れだったのだ。
そのため普段とは違うお店を回っていたため、それが予想外にも時間を食った。
勘定を済ませ外に出てみれば、もうすっかり夕暮れ時。日の長い夏とはいえ、家に着くころには真っ暗になっていることだろう。
しかし、藍華は町に泊まれるような余分なお金など持っていない。足の速さにも自信があった。
恐怖心や罪悪感は少なからず藍華の中にあったが、それでも外で一晩明かすよりはと、家に向かった。