第3章 気分屋フィクル!【フロイド】
異種族間での結婚は、珍しくはない。
でも、陸で生きる人間と海で生きる人魚には大きな壁が立ちはだかって、カップル率が高いとは言えない。
そんな常識を覆したのは、とある魔法士養成学校出身の男。
コンプレックスを努力へ変えて、数多の歴史的研究成果を世に見せつけた男の名前はアズール・アーシェングロット。
彼が名門魔法士学校、ナイトレイブンカレッジに残した卒論の名は、“人魚と人間の共生とハーフマーメイドの育て方”。
この卒論はのちに全世界の人間と人魚の共生における礎となり、その後、多くのカップルが誕生した。
しかし世間は、若き優秀なタコの人魚がなぜこのようなテーマを卒論にしたかをよく知らない。
例えば、卒業した彼の隣には双子の人魚が控えていて、そしてその隣には、お腹を大きくした人間の女性がいたことも。
卒業を待たずして人魚の子を孕んだ人間の女性は、その後、珊瑚の海でウツボの人魚と家庭を築いた。
陸を恋しがる彼女のために、海底の国ながらも陸と同じような生活環境になるよう整え、夫婦のために力を尽くしたのは、ウツボ人魚の片割れだという。
珊瑚の海一番の頭脳を持ち、幾度も宰相への誘いがありながらも断り続けた男、アズール・アーシェングロット。
彼が栄光ある宰相への道を蹴った理由は、一部の官僚のみぞ知る話。
「宰相!? そんなものをやっている時間が僕にあると思いますか!? 見てくださいよ、僕の手を!」
八本脚に、二本の手。
合計十本の彼の手には、幼いながらに暴れん坊なウツボ稚魚たちが抱えられていた。
「は!? 保育士を派遣する? 馬鹿ですか、あなたたち! フロイドの可愛い子供たちを、どこの馬の骨とも知れぬ人魚に預けられるものですか! ねえ、ジェイド!?」
のちに彼は、カリスマ保育士になったとか、ならなかったとか。
珊瑚の海随一の子宝に恵まれた人間と人魚のカップルは、保育士化した人魚二人と共に、今日も海の底で幸せに暮らしている。
人間への一途な愛を貫いた気分屋人魚と、数日間で他種族への愛に溺れた気移り激しい人間のお話。
Fin