第1章 畏怖の念を抱かれし存在
王妃の腕の中で、彼女はぱたぱたと両手を動かして。
けたけたと声を出して笑っていた。
その声が、広いホールにただ響いていた。
「…この子がこんなに笑っているところを…私は初めて見ました」
王妃が静かに呟いた。
小さなお姫様は、懸命に手を伸ばしている。
その先には…マレウスがいた。
この場のほとんどの人間から畏怖の念を抱かれているマレウス。
そんな彼の元へ行きたい。まるでそう言っているみたいに。
「…っくふふ…、どうやらそのガーゴイル。受取人である姫様には…
大層気に入って頂けたようじゃのう。マレウス」
リリアは、笑いを堪え切れないように言った。
「…そのようだな。良かった。
彼女に喜んで貰えたなら、僕も嬉しい」
本当に満足気に笑う彼を見て、きっとマレウスと同じくらいリリアも満足だった。
しかし…
マレウスに悪意が無いと理解出来ているのは、リリアとオーロラの2人だけなのである。
大概的に見れば、マレウスは
せっかくの生誕祭という晴れ晴れしい舞台に、わざわざ化け物の像選んで送り付けた、ならず者だ。
「マレウス殿…もう、
か、…帰っては、もらえませんか」
声を震わせてそう言ったのは、国王だった。
「!」
「…」
驚くマレウスを、悲し気な瞳で見つめるリリア。
「……分かりました」
さすがのマレウスも皆の反応から、自分がこの場の雰囲気を壊してしまった事には気が付いていた。
彼がくるりと身を返すと、纏った式典服の長い裾が翻った。
「…邪魔したの」
リリアはそう言うと身を翻し、主人に続いた。
その時。耳が痛くなる程に静まり返ったホールに、小さな赤子の泣き声が響いた。
彼女。オーロラは、母の腕の中で大声を上げ、泣いた。
それはまるで、マレウス達に
“行かないで”
と、言っているみたいに。
「…」
その声に後ろ髪を引かれたマレウスは、一度だけ振り返った。
しかしオーロラは、シルクのブランケットにしっかりと包まれており
姿を見る事は叶わなかった。
彼は、せめて…と、
目をつぶって、その優しい泣き声を耳に焼き付けた。