第26章 眠り姫の物語
力を持つ者が、力を行使しない。
簡単な事のように思えるが、それは存外容易くない。
しかし、マレウスは覚悟を決めていた。
これから先、どれほどの困難に見舞われようとも、他者を傷付けはしないと。
これから先、ローズと歩んでゆく未来に、そんな悲しい出来事が起こってはいけないのだ。
彼は冷静であった。一度 覚悟を決めてしまえば、こうも落ち着いて物事を捉える事が出来るのだと知った。
しかし隣に立つローズは、冷静ではいられなかった。
悲しい、悔しい、腹立たしい。
再会したばかりの父親に対して抱く感情にしては、些か似つかわしくないが…
それでもやはり、気持ちをぶつけずにはいられなかった。
『どうして…話すら聞いてくれないの!
マレウスは、これまでの事を きちんと説明しようとしているだけなのに!』
「ローズ、いつまでそんな所にいるつもりだ!早くこちらへ来なさい」
『!』
マレウスの隣を “ そんな所 ” 呼ばわりされた事で彼女は…
ついに キレた。
『……お父様が そのつもりなら、私にも考えがあるわ』
「いい加減にしなさい。お前は一国の姫なんだ。ワガママがまかり通る立場じゃ」
「キャァッ!ローズ!」
ステファンの言葉は、王妃リアの黄色い悲鳴によって遮られた。
隣にいるマレウスも、リドルやアズール達も、そして群衆達も、ローズの姿を見て ただ固まる事しか出来なかった。
皆が見つめる彼女は、なんと自らの喉元にシルバーナイフを突き付けていた。