第26章 眠り姫の物語
皆の、希望に満ち溢れた表情が凍り付くのに そう時間はかからなかった。2人が乗り越えて来た 事情を知る者以外は。
誰も、声を発する事が出来ない。戸惑い、驚愕。そんな言葉が、まさに相当である。
到底、理解が及ばないのだ。
憎み合う運命にあるはずの2人が、あまりにも幸せそうだから。
隣を歩く男に手を引かれるローズが、満ち足りた顔をしていたから。
同じようにマレウスも、穏やかな表情を浮かべていたから。
そんな周囲には御構い無しといった様子で、彼女は固まる両親に 真っ直ぐ駆け寄る。
それを見て、すかさず両手を広げたのは母。その胸へとすぐに飛び込んだ。
懐かしく、そして温かな母の体温を 彼女は久しぶりに味わうのだった。
ステファンは、そんな母と娘の感動の再会を横目で見ながらも、やはりマレウスが気になるようだ。どうしたものかと、目を白黒させている。
そんな挙動不審な父を、ローズは少しだけ可笑しそうに笑うと。すぐにその腕の中に飛び付いた。
そして声を詰まらせながら、小さく こう呟くのであった。
『ただいま…っ、ただいま…!』
自分の愛しい者が、幸せを感じている。
それが、こうも自身の心までを温める。
恋とは、相手の幸福をも ここまで共有出来てしまうのかと、マレウスは実感していた。
そんな初めての感覚を噛み締めている彼に、容赦無く疑心の視線が集まる。
それにいち早く気付いたローズは、両親から そっと離れる。そして緩んでいた表情を引き締めた。