第25章 全てを 超えて
「…やはり、僕では 駄目だろうな」
彼女は目を開かない…
だがなんと、瞑られたままの瞳の奥から 一筋の涙が零れ落ちたのだ。
ローズは、泣いた。心からの彼の言葉が届いていたのだろうか。
しかしマレウスは、既に彼女に背を向け 歩き出していた。従って、その変化に気付けない。
『マレ ウス』
「!!」
小鳥の囀りを思わせるローズの声を、彼は確かに聞いた。耳にした瞬間に、踵を返して駆け寄っていた。
そして、上身だけを起こしている彼女の体を、力一杯抱き締めた。するとマレウスを安心させるみたいに、ローズの温かい体温が胸部に広がった。
互いの身体をギュッと抱き締めると、息が止まりそうなくらいの幸福感に支配された。喜びや感動などという言葉では、全く足りない。
——この心を震わせる感情を、なんと呼ぼう。
「…ローズ…すまなか」
『マレウス、ありがとう』
謝罪の言葉を口にする前に、彼女は自分の声でそれを遮った。
ローズは熱っぽい視線で彼を見上げる。マレウスもまた、恍惚の表情で視線を返す。
至近距離で、少しの間見つめ合う。
二度目の口付けの気配がした。
しかし、2人の距離は全く縮まらない。ローズは口を開く。
『…貴方からの口付けを貰えた初めて瞬間が、意識が無い時だったなんて…。私は、悲しいわ。マレウス』
「ローズ…」
優しく互いの名を呼び合ったら、2人の距離は少しずつ近付いていく。瞳を閉じたローズだったが、そこにキスが落とされる事はなかった。
マレウスは 苦悶の表情を浮かべた後、ゆっくりと腕の力を抜いた。
まるで自分を律する様にして 離れてゆくマレウスを、ローズは混乱する頭で見つめるのだった。