第25章 全てを 超えて
マレウスは、ゆっくりと瞳を閉じる。そして次に瞼を持ち上げた時…
彼は、雨風に洗われたような石畳の上に立っていた。
目の前にある吊り橋を渡れば、もうディアソムニア城内だ。こうして空間を飛び越えるくらい、彼にとってみれば至極容易い。
マレウスの心中は、不安や憂虞、焦燥または気まずさが支配していた。そんな彼を、嫌味なほど美しい朝日が照らした。
顔を出したばかりの太陽が照らしているのは、マレウスだけではない。城の前に集まった、群れ集う人間もまた 陽の光を受けていた。
言うまでもなく、彼らはローズの帰還を祝うために集まっていた。国中の人間は勿論、他国から招かれた諸客人が、所狭しと肩を寄せ合っている。
誰もが御祝いムードに沸いている。
国一番の楽師が、待ちきれないとばかりに、姫の無事を歌い上げる。今日の為に織られた煌びやかな祝い旗を上下させる国民。贈り物に、珍しい動物を用意した権力者までいるようだ。
沸きに沸いた群衆は、誰一人として彼の存在に気が付かない。自分達の 畏怖の対象であるマレウスに気が付かないほど、沸き立っている。皆、今か今かと 門が開くのを待ち構えていた。
マレウスは…悲しい瞳でそれを見つめた。
そして、執行する。
「……眠れ」
彼がたった一言、呟いたその刹那。あれだけ騒がしかった場は水を打ったように静まり返った。
人々は、ゆっくりその場に腰を下ろして、微睡みの中に落ちていった。
「人の子らよ、すまない。お前達の愛する姫を奪ったのは、この僕だ。
彼女が深い深い眠りについたと知れば、お前達は悲しみの縁に落ちるであろう。
ならばせめて、そうならないよう…愛しき姫君と共に、眠るがいい。
お前達が目覚める時が来るならば、その時は ローズも…
国中に愛された姫も、一緒だ」