第23章 呪われし姫の帰城
トレイとデュースが扉を見張る、その部屋の中…
彼女は、ただ泣いていた。嗚咽の一つも溢さず、ただ透明な雫を落としていた。
マレウスに、会いたい。彼の名を思い浮かべるだけで、涙が溢れた。
もう、一生会えないのだろうか。もう、その姿を見る事も、声を聞く事も。その機会は金輪際訪れないのだろうか。
——胸が、張り裂けそうであった。
だから、初めは気のせいだと思った。
あまりに彼に会いたいと願うものだから、自分が作り出した幻かと思った。しかし… “ それ ” は確かに目の前にある。
いつもマレウスが現れる際、共に見る黄緑色の燐光である。
それが、ローズの前に現れたのだ。
彼女は、涙でぼやける視界の中、それに手を伸ばした。しかし光は、するりと指の間をすり抜ける。
ローズは、その光を絶対に見逃すまいと 瞬きも忘れて視界に捉え続ける。ベットから立ち上がると、彼女の肩にかけられていたストールが地面に落ちたが、そんなのは気にならない。
ただ、追いかける。彼のカケラを。
ふわふわと、まるで蛍が舞うように空中に漂う。それは、暖炉の前でしばらく留まっていた。暖炉と言えども、今は火は焚べられていない。燃焼部に、僅かばかりの燃えかすの薪がある程度だ。
しばらく、暖炉の前で光は揺れた。
まるで、ローズを誘っているかのよう。
彼女は、当然のように また手を伸ばす。すると光はまた彼女の手をすり抜けて、暖炉の中へと消えて行くのだった。
ローズが身を屈めて見ると、なんと燃焼部の奥に階段が見えた。まるでそれは、黒く大きな口を開けて 彼女を飲み込もうとしている怪物のようであったが…
ローズは、迷う事なく奥へと足を踏み入れた。