第21章 育まれる愛とフルムーン
『…あのね、じゃあマレウスに お願いしたいのだけど』
「言ってみるがいい。お前になら、僕はなんだって応えよう」
自信たっぷりの瞳で、マレウスはローズを見下げた。朝靄の中で、彼の瞳が怪しげに光る。
そんな光を見つめながら、彼女はまるで魔法にかけられたように言葉を口にし始めた。
『……名前』
「?」
『っ、私の名前を呼んで、欲しい!』
ローズと再会してから、彼が彼女の名を口にしたのは数回きり。
もっともっと、呼んで欲しいと常日頃から思っていたのだ。照れ臭くて、言葉にするのは憚られていたが。これを機に、彼女はついにその願いを伝える事が出来た。
「ローズ」
『!』
「…欲の無い奴だ。こんな事でいいのか?」
『……うん』
「ローズ…」
マレウスは、大切に、大切にその名を口にする。
それから、ふわりと彼女の髪をひと房 持ち上げた。そして、また丁寧にローズの名を紡ぐのだった。
広々としたこの場所に、やわからな風が吹く。その風は色付いた花弁を纏いながら、2人を優しく包む。
サァァ、と 朝靄が晴れていった。
『………っ!! わ、私…!
本当に、もう行かなきゃ!!マレウスとの時間が楽しくて、ついゆっくりしちゃって…!
またねマレウス!また、ね!』
「あぁ…。前を見て走らなければまた転…
……行ったか」
1人、だだっ広い花畑に立ち竦むマレウス。
ふと、口元に手をやる。
未だに、そこには甘い余韻が残っていた。
その儚い甘さを慈しみながら、彼はまた
その名をぽつりと 口にした。