第19章 悔恨と踠きのドラコニア
「だが…たしかにこのまま黙って家を出てしまっては、近衛達が心配するのもまた事実か。
ふむ。では、こうしよう」
マレウスが、す と右腕を静かに上げた。するとその刹那。森の音が、全て止んだ。
風が木の葉を揺らす騒めきも、小動物達の鳴き声も、小川のせせらぎも。森に存在していた音が全て消えたのだ。
『…まさか、これって…時が 止まってる』
空中で、不自然に静止する葉を見つめて ローズが呟いた。
ローズ自身は 魔法を使えないとはいえ、優秀な魔法士であるリドル達と時を共にして、それなりに魔法の理については詳しくなったつもりだった。
だからこそ、マレウスの魔法の凄さが身に染みて理解出来る。
『こんな凄い魔法使って、大丈夫なの!?』
「大事ない。さぁ、行くとしよう」
マレウスは、ふわりとローズの目元を手で覆った。
『え』
次の瞬間、彼女は自分の体が羽のように軽くなったと感じた。小さな風が吹けば、いとも簡単に数メートルは吹き飛んでしまうのではないかという不安感。
しかし、そんな動揺も一瞬で解消された。
マレウスが両目を覆う手をどけると、彼女の体には重力が戻って来たのだ。
一瞬とはいえ、自分がまるで地球外に飛び出たような感覚。ローズは間違い無く、生涯に何度もある事ではない 不思議な体験をした。
「この道の先だ」
マレウスが指をさした方向に視線をやると、細い道があった。木々が少しずつ距離を取り、その小道を作っているように見えた。
足元には、夜光花が まるで道案内をするかのように淡い光を放っている。