第19章 悔恨と踠きのドラコニア
誰かいるのか。そう聞かれたからといって、彼は飛び出していったりしない。
数年間、ずっと影から見守ってきたのだ。今更ローズの前に姿を現わすなど、あり得なかった。
しかしローズはゆっくりとだが確実に、男の方へと歩みを進めた。
徐々に縮まってゆく、互いの距離。まるでその距離と比例するように、彼の心臓が高まってゆく。
そう。姿を現わすつもりなど、なかったのだ。
彼女の足元に潜む、毒ヘビの存在に気付くまでは。
「!!」
それに気が付いた瞬間、咄嗟に木の幹の影から飛び出してしまっていた。そして、茶色いまだら模様の蛇を 魔法の力で遠くの草陰に吹き飛ばした。
驚いた蛇は、そのまま2人の視界の外へと消えていくのだった。
『…あ、…』
「………」
約、6年ぶりの再会だった。
特にローズの方は、彼の姿を見る事自体が久方ぶりだ。
彼女の唇が、自分の名を紡ぐのを…男は初めて耳にした。
『…マレウス』
自分がこの世に生を受けた意味や、どうして数年間 彼女を見守り続けていたのか。それらを今、この瞬間 理解出来たような…そんな気がした。
だが…。
ただ、それだけの事。
「…人の子よ。気安く僕の名を呼ぶな。不愉快だ」
彼は、思う。
自分は、ローズに名を呼んでもらう資格など無い。
その綺麗な瞳に映る資格も無い。
むしろ、理解が出来なかった。
どうしてローズは 自分に対し、こんなふうに優しい声色で語りかけられるのか。
そんなふうに慈愛に満ち溢れた視線を向ける事が出来るのか。
どうして…、自分を呪った相手を 憎まずにいられるのか。