第19章 悔恨と踠きのドラコニア
扉から出て、すぐに察知した違和感。
『え…何。寒い…』
吐き出す息が、微かに白む。
彼女が外へ出て来たのは、ただ静かな環境を求めての事だった。なので、暗い森の中をフラフラと出歩くつもりは毛頭なかったのだが。
まるで、目に見えない妖精に手を引かれるようにして。ローズは足を少しずつ前へと進めた。
踏みしめる草から、ザク。と いつもとは明らかに違う異音がした。よく見ると、足元の植物が白っぽく変色している。
草や花に、霜が降りているではないか。
足元を気にしていたローズが顔を上げると、またしても異変に気が付く。
黄緑色の燐光が、いくつも辺りに散らばっている。それらはふわふわと宙を彷徨い、彼女の周りを漂っている。生まれては消え、また生まれては消えてゆく、風に煽られる光の粒。
『なに…?蛍?』
ゆっくりと腕を伸ばし、その儚げな光に触れてみようと試みるが。指先に触れる前に すっと溶けるように消えてしまう。
ローズは腕を引っ込めて、胸の前でギュっと手を固く握った。
異様な事ばかりが起こっているというのに、不思議と恐怖は感じなかった。それどころか、彼女はこの 不可思議で神秘的な空気に、懐かしさを感じていた。
『誰か…近くにいるの?
お願い、もし誰かいるなら…出て来て』
とある人物を頭に思い描いては、まさか彼がこんなところにいるわけない。と、その考えを打ち消す。
何年も前から、会いたくて会いたくて仕方がない人物が、彼女にはいた。
サク、と再び足を進める。
彼女の頭の中は すっかり彼が占めており、それ以外の事が疎かになってしまっていた。
例えば、森を歩く時の心得えなど。
いつもなら、草陰に忍ぶ蛇に注意を払う事を 忘れたりなどはしないのに。