第18章 穢れた海とマーメイド
ローズは、少女の両手を 自らの手でギュっと握り込んだ。
『大丈夫。貴女の声は、絶対に出るようになるから。どうか、信じて』
少女は、ようやくその可愛らしい笑顔を見せてくれる。そしてローズが手を離すと、またペンを持ってスケッチブックに文字を書き始める。
「…何をするのかと思えば」
アズールは、一連のやり取りを見て 肩を震わせた。そんな彼の背中を、フロイドとジェイドの2人は見つめている。
「ふざけてる…!」
彼は、怒った。
自身が想像していた、どんな愚行よりも もっと愚かな行動を選んだローズに対して。
「患者達に優しくすれば、自分の罪が軽くなるとでも?
偽善的な言葉を並べ立て、楽になりたいのは自分だろう!」
まだローズと時間を長く共にしていないアズールにとって、彼女の行動は 何の生産性もない、無意味なものに映ったのだった。
それなりにローズを理解しているフロイドは、そんなアズールに語りかける。
「人間は人間らしく、責任感じて もっともがき苦しめよ。って、言いてぇの?」
「その通りですよ。平気な顔をして、自分達のせいで傷付いている人に平然と優しく出来るなど…。やはり、人間は恐ろしい」
呆れるように首を振るアズールに、今度はジェイドが言う。
「ローズさんは、決して平気なわけではないと思いますがね」
ジェイドも知っていた。
ローズが 本気で他人の為に、怒ったり、悲しんだり出来る奇特な人種であると。
しかし、アズールはそんな人間が存在するなど認めない。
「僕は、やはり彼女がもっと苦しむ姿を見なければ 気が済みません…」
そう落とすように告げると、アズールは病室の中央へと向かった。