第18章 穢れた海とマーメイド
そして最後に ローズは、ペンとスケッチブックを握り締める人魚の前へとやって来た。
さきほど、見舞客と筆談で会話していた人物だった。
女性、と呼ぶにはまだ幼く。幼女と呼ぶには大人っぽさを持つ彼女は、近づいて来たローズを不思議そうに見上げた。
『こんにちは。少しだけ、私と話をしてもらえるかな』
ふわりと微笑んだローズを見た少女は、照れたようにおずおずと頷いた。
『突然こんな事を言われて、驚いた?ごめんね』
少女は、すぐに持っていたスケッチブックの上にペンを走らせる。
《大丈夫》
丸みを帯びた、可愛らしい字が並んだ。
『…ありがとう。私はローズ。あのね…聞いても良い?』
また、こくん。と頷く少女。
『声が…出ないのは、悲しいよね。辛いよね。悔しいよね。やっぱり、この北の海が汚されたのが原因…なのかな?』
《うん。人間が、悪いんだって》
予想をしていた通りの文字が並ぶ。ローズは、引き続きペンを動かす少女を待った。
《私は人間に会った事がないから、分からないけど。全部の人間が悪い人なのかな?人魚の中にも、悪い人達はいるし…。
自分が会ったこともない人間の事を、全員は嫌いになりたくないな》
ローズは、その並んだ文字に胸を打たれた。
こんな小さな子が、自分の声が出なくなってしまったにも関わらず。その小さな瞳で、未だ人間という存在に対して真摯に向き合おうとしてくれている事実に。
『っ、ありがとう』
「??」
どうしてお礼を言われるのか理解出来ていない少女は、またペンを持つ。
《泣かないで》
たしかにそう、書かれていた。
しかし、ローズは涙を見せてなどいない。
少女は、ローズが心の中で泣いていたのを的確に見抜いていたのかもしれない。