第17章 迫り来るオクトパス
ローズが産まれた際に催された生誕祭。
マレウスが贈ったガーゴイルを見て、ただ1人明るく笑った まだ赤子の彼女。
約10年の歳月を経て再会した2人。その時のローズが流した美しい涙。
傷付いたリリアを抱えて 去ろうとするマレウスに 行かないでくれと叫んだ悲痛な声。
そして…、ドラゴンと化した姿を見て 物悲しい表情を浮かべるローズ。
そのどれもを、マレウスはハッキリと覚えている。目を閉じれば、全てが瞼の裏に焼き付いているが如く。
「出来るならば、時が戻ればいい。もし、そのような力が僕にあったのなら…
16年前の、お前の生誕祭に時を戻そう。当然 僕は、その式典には出席しない。
そうしたら僕達はきっと…一生出逢う事もなく。お前も、死ぬ事など なかったのだから」
誰に聞かせるでもない、マレウスの言葉は 辺りに静かに沁みた。
ただの独り言だったのだが、口にしてみると 思いのほか胸が痛んだ。
ちなみにマレウスは、リリアが自分の呪いを弱めた事はまだ知らない。
従って、もうすぐローズは確実に自分の呪いの効力で死に伏せると思っているのだ。
リリアは自分のした事を、そろそろマレウスにも打ち明けようとタイミングを図っているところなのだが。そんな事を彼は露ほども知らない。
マレウスは、今日も彼女の側にいる。静かに見守っている。
自ら語り掛けるでも、彼女の細い肩に手を触れるでも、ガラス細工のような瞳に映る事もしない。
ただ、傍で 感じているだけ。
今日も、今この瞬間も たしかに彼女が生と共にあると。
未だ降り続ける雨が、悲しげな男をただ濡らしている。
顔を伝う雫が、まるで彼が泣いているように見せた。