第17章 迫り来るオクトパス
リドルは自然な歩みで、彼女の隣へと移動する。
「…本当にお優しいことだ」
軽く手を上に引かれて、ローズはゆっくりと彼の隣に立つ。
『ううん。私…優しくなんて、ない。それどころか、私は時々…信じられないくらい、自分が汚い存在のように 思える時もある』
ローズには、常に引きずっている重たい気持ちがある。常々彼女は、思い悩んでいた。それは
自分が、リドルを利用しようとしているのでは?というもの。
自分が16歳を迎えても、生き長らえたいが為に。彼を利用しようとしているのではないか。
自分を、心の底から愛してくれるのならば、べつにリドルでなくても愛せてしまうのではないか。
そんな考えが彼女を苦しめる。そして彼女は、そんなどろどろとした思いを抱える自分の事が、何か汚いものに見えてしまう事さえあるのだった。
“ 生きたい ” 欲と
“ 後悔をしないくらい綺麗に終わらせたい ” 欲。
そんな二つの背反した想いが、時に彼女を押し潰しそうになるのだ。
そんなローズの思いを、知ってか知らずかリドルは語る。
「…キミが、どんな考えでその思いに行き当たったのかは ボクには分からないけれど。
キミは…やはり優しい。
ボクの心を、ボクよりも大切にしてくれた。
キミは…美しい。
自分が汚い存在かもと、憂い 責めてしまう繊細な心は 美しい」
リドルは、ローズの腰に手を回して 優しい力で引き寄せる。そして彼女の顎を掬い、少しだけ上を向かせる。
ローズは、ただの1文字も言葉を発する事が出来ない。
自分を覗き込む彼の、赤い赤い瞳が美し過ぎて。ただその炎のように揺れる瞳に釘付けになる。
「…まだ、焦らなくていい。まだ、時間はある。
だから…今はまだ、ここまで。オクタヴィネルの事が片付いたらその時は “ これ ” の続きをしよう…」
そう言ってリドルは、ローズの唇と 自分の唇の距離を ゆっくり ゆっくりと近付ける…。
ガチャン!
と、ガラスが割れるような鋭い音が、突如として2人の世界の邪魔をした。
思わず音がした方へ視線を向けると、ガラス製の一輪挿しが テーブルの上で大破していたのだった。