第15章 忍び寄る海のギャング
『ここで暮らせる何十年と、あっちで暮らせる一年弱。どちらが大切かは、私には比べる必要もないくらい明らかだわ』
堂々と言い放った彼女の背を、ジェイドは真剣に見つめていた。
「…ふふ、これだから 人間は面白い」
友達や知人など、こちらの世界でも それなりに過ごしていればまた出来るだろうに。人との出会いや馴れ合い。そんな不確かな物に縋って生きる。いや、だからこそ面白く、滑稽で、美しいのだろう。
まるで薄氷の上で踊るバレリーナのようだ。とジェイドは思う。
「おそらくフロイドは…私よりもさきに、それに気が付いたのでしょうね」
『ジェイド?何か言った?』
いえ。と答えると同時に、ジェイドはローズの前を陣取った。そしてその長い足でぐんぐん前へと進む。
地面に転がる枝などの障害物を蹴り飛ばし。頭上に垂れるツルを引きちぎる。
そう。彼は後ろを歩くローズの為に、出来だけ歩きやすい環境を作りながら進んでいた。
『…ジェイド…?』
「僕も野宿は嫌ですからね。早く森を抜けてしまいましょう」
後ろを向く事なく、ジェイドは言った。
彼女には、何故この男が急に優しくなったのかは分からない。しかし、ずっと気になっている事があった。
『…あの、ジェイド…』
「はい?」
蜘蛛の巣を手で払い除けながら返事をした。
『手、ごめんね』
自分がナイフで傷付けた彼の手。その傷が深いものではないか?ローズはずっと気掛かりだったのだ。
「…今は大丈夫ですよ。お気になさらず」
こちらの世界に来た瞬間に、手の傷は消えていた。正確には、あちらのジェイドの手には未だ傷がある事だろう。
『そう…よかった』
「……」
(あの傷は自分から刃を掴んだ為に出来たもの。それをいちいち気に病んでいるなんて。本当に…なんて愚かで、馬鹿で 愛おしい生き物なのでしょうね)
「…どうしても何かお詫びがしたいとおっしゃるなら、今度は貴女から口付けしてくれても構わないのですよ?」
悪戯っぽく笑うジェイド。
『な、…っ、なんで傷のお詫びが口付けなのよ!馬鹿な事言わないでっ』
「ふふ」
ローズは知らない。
ジェイドが、そんな馬鹿な事を 結構本気の思いで口にしていたなどとは。