第12章 貴女の心が欲しいスペード
「じゃあトレイ、行ってらっしゃい」
彼女は、いつも彼等を送る時には 行ってらっしゃいと挨拶する。
トレイはこの言葉に、行ってきます と答える事が好きだった。
ここが自分の家だと思わせてくれる。
ローズと過ごす事が出来る時間が、当然のようにまたやって来ると。そう思わせてくれるから。
「…行ってきます。またな」
彼はそう言って、当然のようにローズの柔らかな髪を撫でた。
そして小さくなっていく背中を、彼女は見えなくなるまで眺めているのだった。
そんな、ローズ達の様子を見つめているデュース。
チリリと、その胸は痛んだ。
彼は思った。どうしてそんなにも簡単にローズに触れる事が出来るのだろう。
どうしてそんなにも素直に、好意を前面に出す事が出来るのだろうか。
羨ましいとか、妬ましいとかよりも腹が立った。他の誰でもない自分に。
何故、自分は彼のようにスマートに振る舞えないのか。年はたった2つしか違わないというのに。
トレイとの差が、明確になってしまっている気がした。
つい考えてしまうのだった。
今、ローズと距離が1番近い人物は誰なのか と。
しかし…今の彼には切り札があった。
もしかすると、ローズの心に1番近づけるのは自分になるかもしれないと。淡い期待で胸を膨らませた。
『デュース?』
俯いているデュースの顔を、ローズは覗き込む。
「…ローズに、渡したい物があるんだ」