第2章 過去
それは、約8年前の冬のこと。
ローベルト王が治めるウェール国。
そのウェール国の中、とある田舎の伯爵家。
キッチンにある勝手口の外、裏路地の隙間で、まだ6歳だった私は冷たい水に手を付け、大量の芋の皮を剥いていた。
侍女やメイドだったのかって?いいえ。
私は侍女でもメイドでも、ましてや奴隷でもない。
では何だったのか。それは………
「お嬢様!まだ終わってないのですか!?」
そう。私はこの伯爵家のお嬢様。
……肩書だけの。
私を怒鳴りつけるのはこの家の侍女長、アリア。
なぜ”お嬢様”と呼ばれる私がこんな扱いを受けているのか。
それは後ほど。
「ご、ごめんなさいアリア。でもこんなに寒いんだもの。せめて外ではなく、中でやらせてくれない?」
「だめです!旦那様も奥様も、エマお嬢様も、あなたには会いたくないそうですから。そうやって口答えをすると、また旦那様に報告しますよ?」
「ま、まって!我慢、するから。このまま外でやるからお願い。お父様たちには言わないで……」
エマというのは私の姉だ。
夏に水遊びをしに行くという姉がうらやましくてお母さまにねだった際、生意気だと鞭を打たれ、3日間はご飯抜きだった。
もうあんなのはいやだ。
「……まぁいいでしょう。さっさと終わらせてください。終わったら自分の部屋でおとなしくしているんですよ」
「はい……」
冷たさと寒さでもはや感覚がない両手をぐっと握りしめ、頭に積もる雪に耐えながら作業を再開した。
それから数時間。
ようやくすべての皮を剥き終わり、誰にも見られないよう自分の部屋に戻ろうとした時だった。
「いった…!!」
キッチンを出た角で、誰かにぶつかったのだ。
目の前に立つ人を見て、サァッと血の気が引いていくのが分かった。
「お……おねぇ…さま……」
そうだ。私がぶつかった相手はエマだった。
エマはドレスの私が触れてしまったところを手で何度かはたくと、キッと私を睨み付け、
「お父様!お母様!”あいつ”が私にぶつかってきたわ!!」
”あいつ”とは、私のこと。
エマの叫び声に、お父様とお母様、さらにはアリアまでもが血相を変えて飛んできた。
お母様が「かわいそうに」とエマを抱きしめると、お父様とアリアは私をにらんだ。
「この恩知らずが!!」