第1章 プロローグ
「ふぅ…。水やり終わり!」
ガコン!と、水がまだ少し入ったジョウロを地面に置く。
「…いつ見てもきれいだなぁ」
服に土がつくことなどお構いなしに、足を放って座った。
目の前には紫のチューリップがズラリ。
夏の太陽が照り付け、風にそよそよと揺れている。
季節外れ?
そうね。でもこのチューリップ達には季節なんて関係ない。
この子たちはここに、一年中咲いている。
…たとえ雪の中でも。
「おーい!ご飯だよー」
「あっ、はーい!」
私を呼びに来た声に反応してサッと立ち上がり、土のついたスカートの後ろを軽くはたく。
ジョウロを忘れずに持って、声のするほうへ走り出した。
「ただいま!」
「あぁ」
とびっきり笑顔の私を迎えたのは、これまたとびっきりの無表情。
素っ気ない出迎えは気にしない。
これが彼なのだ。もう慣れた。
食器が並べられた丸テーブルに座ると、向かい側に座っていたもう一人が言う。
「おかえり~。…まったく。ジェラードももう少しやわらか~くなるといいんだけどね。このフワフワのパンみたいにさ!」
ぱくっとパンにかじりつき、「おいしいおいしい」と花を飛ばしている。
おわかりだろうか。
今パンを食している彼…クルト=アーロイスが、先ほど私を呼びに来たほうであり、
「お前…。まだ料理を運びきっていないだろう。手伝え」
背中越しでもわかる。穴が開くとさえ思えるほどの鋭いにらみを利かせる彼が、ジェラード=ルイ=エイデン。
私の笑顔を無表情で迎え撃ったほうだ。
「はいはい。手伝う手伝う…。手伝いますよ~」
クルトは肩をすくめ、手伝うとは言うものの席を立とうとはしない。
代わりにジェラードが持つ料理に手をかざして、スッと目を閉じ、カッと開く。
するとどうだろう。
ジェラードの手から皿が浮き、フヨフヨとこちらに向かってくる。
それはそれは順調に。
料理は確実にテーブルとの距離を詰めていき、もう少しで到着かと思われたときにクルトが口を開いた。
「へっへ~。このくらい、僕でもできるもんね」
油断したのだろう。
得意げに喋りだした途端、皿は料理を下にして床に着地した。
「あっ………」
場の空気が凍る。
ジェラードに目をやると、その肩は怒りでワナワナと震えている。
彼の大声まで。
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