第1章 新たな始まり
「お前~、何でいるわけ~?」
県下一の男子校と謳われる
私立五十嵐学園の美術教師、
大野智は、足音も立てずに背後から
忍び寄っていた男に
突然背後から抱き締められ
呆れた声を上げた。
春休みも間近。
学期末のケジメとして
美術準備室の整理でもしようかと
珍しくやる気満々に
軍手などはめてみたものの、
あまりの雑然さにどこから
手をつけようかと
悩んでいた時だった。
「お前なぁ~
卒業したんじゃないのかぁ~」
「卒業したら
顔出しちゃいけないって
誰が決めたんですか?
俺はサッカー部のOBだよ。
後輩に喝を入れるために、
わざわざ足を
運んでるんじゃないですか…」
と開き直る男の名は、櫻井翔
四日前、涙と感動と、
少々やりすぎのアトラクションで
彩られた卒業式を経て
母校から巣立っていったはずの
男である。
なのに、サッカー部の
センターフォワードだった翔は、
後輩の指導を毎日のようにやってくる。
昨日も来た。
今日も来た。
明日もたぶん…
いや必ず来るのだろう。
たぶん、春休みになっても
ずっとーー……。
「そりゃぁ……
かまわないけど…………。
サッカー部のためならね…
でもなぁ~・・」
と智は肘鉄を一つ食らわせて
翔の腕から抜け出すと
うんざり顔でその姿を眺めた。
「お前!!そのカッコウは何だ!!」
智よりも大きい身長を包む
紺色の制服…。
「卒業したヤツが、
なんで制服なんて
着てくるんだ!!!」
「あはは~。
なんか高校生気分が、
まだ抜けなくて…」
「……って笑いごとじゃないだろう。
いくら何でも、変だろう、それってー」
「いやぁ…でも、先生の絵も
まだ、完成してないよね?」
在学中から、翔は智に頼まれて
絵のモデルをやっていた。