第26章 御伽の国の姫 前編
今、舞台では先に行われた歌の披露が終わり、
次の余興である劇のための準備が進められている。
舞台袖で幕が上がるのを待つ私は___
手のひらに『人』という文字をひたすら書いては、飲み込む真似をしていた。
それは、緊張した時のおまじない。
そして自分の衣装の最終確認をする。
着古されてボロボロの地味な着物をまとい、手には擦り切れた雑巾を持っている。
髪は雑にまとめられ、三角巾をしている。
いつも挿しているかんざしなど装飾品は一切無し。
足元は今にも鼻緒が切れそうなほどに履き潰れた古い草履だった。
___とにかく、普段の『姫』とはほど遠い格好をしていた。
これから私が舞台で演じるのは、
戦国版「シンデレラ」
その主役であるシンデレラ、その役だった。
また、『人』を飲み込む…
観客席をちらりと覗くと、招待された大名や城下の商人たちが用意された席に着席している。
今夜の宴では…
休戦の協定が結ばれた謙信様、信玄様、義元さん。
そして信玄様の家臣である幸村と、謙信様のお抱えの忍びでもあり、現代人仲間でもある佐助くんもこの場に招待されていた。
城の中庭に設置された舞台とそれをとりまく天幕。
たくさんの行灯が吊るされ、まるで昼のように明るい。
音響ための楽団も舞台の両脇に待機しており、試し音を出しては始まりに備えている。
普段の宴の余興と言えば琴など和風の音楽や舞などだが、今夜は主催しているのが外交相手の南蛮商人たち。
舞台の設営も楽団も、この時代の日ノ本ではなかなか見ることの出来ないものだった。
それ故、すでにあちらこちらから驚きと感嘆の声が上がっていた。