第20章 猛将の憂鬱 ~前編~
現代から500年前のこの時代へ飛ばされて数ヶ月。
私の生活は織田軍の世話役、そして針子として馴染みつつあった。
いつものように軍議の終わる時間を見計らって、お茶をお持ちする。
軍議に参加することもあれば、今日のようにお茶出しだけすることもある。
お針子の仕事は順調で、針子仲間の友達も出来た。
最初の頃…
私は『織田家ゆかりの姫』という名目の扱いだから、針子部屋の方々は皆、私と一線を引いていた。
この時代、姫が仕事をするなどありえない。
仕事どころか、『姫が待女以外の従業員と同室にいる』ということもなかなか無い事だったから、異例中の異例だったのだろう。
姫の気まぐれで針子の仕事を引っ掻き回されてはたまらない、と警戒されていたんだと思う。
姫が怪我などしては大変だと、最初は針もはさみも持たせてもらえなかった。
いくら信長様が針子として働かせてやると言ったところで…
現場の対応はそんなものだ。
みんながわいわいと縫い物をする中、私が入室すると会話がぱたりと止まる。
そんな日々もあったっけ…
生活の全てが変わり、友達も1人もいない。
デザイナーの夢も断たれ、夜、1人泣いた事も沢山あった。
それでも…
掃除などの下働きを率先してやり、繁忙期には皆と遅くまで居残りし、誰よりも早く部屋に行き準備をした。
姫様だからと針子部屋に用意された上座には座らず、皆と同じ席に着いてせんべい座布団に座って作業する。
針子に関わる仕事をさせてもらえることが、とにかく楽しかったから。
そんな日々を送ることで皆はだんだんと打ち解けてくれるようになり、今では私も仲間の一員として着物を縫わせてもらえるようになっていた。
さらに、この時代にはない縫い方の手法やデザインパターンの起こし方など、500年後では当たり前の情報もこの時代では貴重とされ、頼られることも多くなってきている。
___そして今日。
午前中の仕事と軍議のお茶出しを終えたら、午後から針子の仲間達と城下の市に出かける予定になっていた。
この時代に来て…
女友達と気兼ねなく出かける、初めての日だった。