第5章 ジェイド【後編】
約束の夜。グリムはベッドの上で相変わらず呑気に眠っている。涎まで垂らして眠る姿はいっそ羨ましい位だった。時計を一瞥して、物音を立てないようにベッドから立ち上がる。向かったのは、この寮の門だ。
「…こんばんはさん。」
「こんばんは、ジェイド先輩。」
いつも通り変わらない姿で。自分にそう言い聞かせ笑って隣に並ぶ。ジェイド先輩は特に何も言わず普通に一緒に歩き始めた。
「今日は雨が降りそうですね。あまり長居はせず、なるべく早めに戻りましょうか。」
「確かに、雨降りそうですね。…あ、ちゃっかり傘持ってるじゃないですか!」
「ふふ、当然です。貴方を送る際、濡れる様な事があっては困りますから。」
「…本当、ジェイド先輩は紳士ですね。」
そういうところがズルい、って思う。先を読んでいる所も、こうしてしっかり準備して来てくれる所も。
この夜道もすっかり歩き慣れてしまったなぁ、なんて考えていたらいつの間にかいつもの場所に辿り着く。
「さて、さん。今日は何をされたいですか?」
「今日…は……。」
言葉に詰まった。あの魔法が使いたい、なんて言葉はもう出て来ない。言い淀んでいれば、彼は不思議そうに首を傾げる。
「如何致しましたか?」
「…今日は、ジェイド先輩に聞きたいことが有るんです。」
「それはそれは。僕に答えられることで有ればなんでもどうぞ。」
「………魔法が使えるようになる、というのは嘘ですよね?」
「………。」
ジェイド先輩は表情を全く崩さない。相変わらず何を考えてるのかよく分からない、貼り付けたような笑顔を見せる。なんて答える?嘘をつく?頷く?焦る?
不安な気持ちが胸を埋める。すると彼は、一歩私に歩み寄った。身を屈め、顔が同じ高さになったかと思えば瞳は三日月型に歪み、それはそれは意地の悪い顔付きに変わった。
「えぇ、その通りです。」
「っ!!なんで…なんでそんな嘘を…。」
「貴方の事が好きだからですよ。」
吹き抜ける風が木々を揺らす音だけが聞こえてくる。余りに包み隠さず、戸惑いも無い言葉に虚を突かれ、まるで時が止まってしまったかのように固まった。
「…え?」
「口付けをしたのはさんに僕を男として意識して頂きたかった。魔法が使えるようになると嘯いたのは、貴方の興味を引きたかった。」