第5章 ①明治トリップ女子、最強の狙撃手に溺愛される
言いながら、自分でもおかしいと気づく。
明治の舞台セットと現実の境目が見当たらない。
周囲はどこまでも続く木造の建物。
人力車。
着物姿。
冷たい風が吹く。
「……明治だ」
短く告げられる。
心臓が止まりそうになる。
「明治……?」
「ふざけているのか」
「ふざけてません!」
必死に首を振る。
「私、さっきまで歯科助手で……虫歯の型取りしてて……!」
「しか……?」
尾形の眉がわずかに動く。
「歯の医者です!」
「……部分記憶喪失の…医者か」
値踏みするような視線に変わる。
「なら役に立つかもしれんな」
「え?」
「軍に歯痛で使い物にならん奴がいる」
淡々とした口調。
だが、和栗の腕はまだ離さない。
「お前、行く宛はあるのか」
その一言で、現実が落ちてくる。
ない。
家も、職場も、握りしめているスマホに視線を落としても、圏外。
目の奥が熱くなる。
「……ありません」
消え入るような声しか出なかった。
尾形はしばらく和栗を見つめ、やがて言う。
「なら俺の後ろを歩け」
「え?」
「置いていかれたくなければな」
背を向けて歩き出すと、銃剣を抱えていることに気づいた。
使い込まれたコレも、本物にしか見えない。
数歩進んで、尾形がふと止まる。
「早く来い」
振り向いたその目は冷たいのに、なぜか少しだけ優しい声に感じた。
胸が、どくんと鳴る。
「……はい!」
和栗は小走りで追いかける。
外套を羽織るその背中は大きい。
よく知らない時代で、漫画の中でしか知らない男なのに。
ヤバい奴だってことは知ってるのに、不思議なくらい、安心する。
(どうして……?)
尾形は、歩きながらぼそりと呟く。
「妙な女だ」
だが口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
それが、二人の始まり。