第78章 禁じられた遊び
その夜、天主にて
「光秀さん、どうぞ…」
「これはこれは…奥方様の酌で酒が飲めるとは、ありがたき幸せ」
「もうっ、揶揄わないで下さい!家康も…はい、どうぞ」
「……ありがと」
今宵、信長様は、先日の視察の事後報告と労いを兼ねて、同行した光秀さんと家康を交えて天主で酒盃を傾けておられる。
「朱里、貴様は今宵は飲まんのか?」
注いだばかりの盃をグイッと一気に煽りながら、信長様は私の前に置かれた空の盃に視線をやる。
「っ…あっ…私は今日は……」
(今日は体調は悪くないけど…信長様の前で気持ち悪くなっちゃってもいけないし、お酒はやめといた方がいいよね……)
「それは残念、奥方様の為にとっておきの酒を用意してきたのだがな…くくっ」
「光秀、貴様、また朱里に妖しいものを飲ませるつもりではあるまいな?」
「妖しいなどと、滅相もない…飲めば楽しくなる酒ですよ?」
「はあ……今更ですけど、光秀さんの『楽しい』は、言葉どおりには取れないですね」
(う〜ん、確かに…家康のいうとおり、妖しすぎる……)
皆が参加する大きな酒宴も楽しいけど、今宵のような酒の席もいいものだ。
信長様の、普段と違う寛いだ様子が微笑ましくて……私は、酌をしながら三人の話を聞いていた。
光秀さんへの深い信頼と、家康への兄のような慈しみとが感じられる、信長様の様子に、私の心の奥もぽかぽかと暖まっていくようだった。
三人は酒を酌み交わしながら、領地の話、京の朝廷や公家衆の動向、異国との交易の話、など様々な話題で大いに語り合っている。
話題は尽きることがなく、それに伴って盃も速い速度でどんどん空けられていく。
三人とも酒には強くて、酔いが顔には出ない性質ではあるけれど…今宵は随分と酒が進んでいるようだ。
きっと、今この時が、それだけ楽しい時間であるということなのだろう。
「……俺はそろそろお暇します…」
そう言って家康が退室した後も、信長様と光秀さんは飽きることなく語り合い、盃を空ける手は止まらなかった。
(う〜、何だか眠くなってきちゃった…おかしいな、呑んでもないのに……やっぱりちょっと体調悪いのかも……)
信長様の隣に座したまま、襲い来る眠気と必死に戦いながらも、私は微かに身体を揺らしてしまっていた。