第75章 ひとり寝の夜
信長様は、目先の利益に惑わされることなく、常に先の先まで見据えておられる。
そのお考えは常人には理解されにくいことも多く、合理主義で極端に無駄を嫌う言動はその分誤解も生まれやすかった。
今回の九州の大名たちとの会談は、天下布武とその後に続く豊かな国づくり、という信長様の政の在り方を改めて理解してもらうために、秀吉さんが提案したものだという。
戦をして勝利するだけでは、真に強い国は作れない。
(信長様の日々のご政務には、大変なご苦労があるのだわ。
私も…寂しがってばかりではいけないのだけれど……)
妻として、信長様を支えていかなければ…たかが半月ばかり離れているだけで、メソメソと泣いているなんて情けない……そうは思うけれど……
寂しい
一揆の鎮圧は無事に終わったそうだから、お怪我もなく無事にお帰りになるだろう…その点の心配はない。
今はただ、信長様に逢えないことが堪らなく寂しい。
出陣の前の夜、いつものように濃密に愛を交わした。
『戻るまで俺を忘れるな』と、身体中に刻まれた愛の証も、予想外に長くなった不在の間に、今やもう薄く薄くなり、明日にも完全に消えてしまいそうだ。
首筋に残っている赤い証に、指先でそっと触れてみる。
首筋から鎖骨の辺りまで、ツーっと指先を滑らせると、信長様の熱い唇に強く吸われた感触が蘇ってくる。
「っ…あっ……」
我知らず、顎先が上を向き、薄く開いた唇からは、思った以上に甘ったるい声が漏れ出てしまった。
(っ…やだっ…自分で少し触れただけなのに……やらしい声、出ちゃった……)
身体の奥に小さな熱情の火が灯り、それがどんどん大きな炎に変わっていくような、芯から高揚するような感じに耐え切れず、私は寝台の上で思わず身を捩っていた。