第75章 ひとり寝の夜
夜の帳が下りて辺りがしんっと静かになった頃、早めに湯浴みを済ませた私は一人、天主の寝台の上に身を横たえていた。
今宵は早めに床についたものの、なかなか寝付けず、右に左にと忙しなく寝返りを打っては溜め息ばかり吐いていた。
目蓋を閉じれば、その裏に浮かぶのは、愛おしい人の姿。
敷布に顔を埋めれば、愛してやまないあの方の香の香りが微かに漂う。
きちんと畳まれて枕元に置かれた漆黒の夜着に手を伸ばし、ぎゅうっと強く胸に抱き締めると、香の香りを益々強く感じてしまい、愛しい人の逞しい腕の中にいるような錯覚を覚える。
すうっと、目一杯香りを吸い込むと、少し気持ちが落ち着いたような気がするが、寂しさが紛れるわけでもなく……
一人きりで横たわる寝台は、いつまで経っても温まることはなく冷んやりとしていて、一向に眠りを誘ってはくれない。
「っ…ぅっ…信長さま…」
うつ伏せになったまま、小さくポツリと名を呼んでしまえば、それが引き金になったかのように、抑えていた寂しさが胸の奥から一気に溢れてきてしまい……涙が一筋、頬を伝っていった。
一度溢れてしまったものは、今度はなかなか抑えられなくなるものだ。熱くなった目頭から、堰を切ったようにじわじわと湧いてくる雫は、敷布の上に染みを作っていく。
敷布に顔を埋めた私は、その様子をぼんやりと眺めていた。
今宵、信長様は城にはいらっしゃらない。
否、今宵も、だ。
信長様が西国で起きた一揆の鎮圧に自ら出陣されてから、今日でもう半月ほどが経とうとしていた。
花見の宴が終わってしばらくした頃、光秀さんの間諜の方がもたらしたのは、西国での一揆の兆しがいよいよ現実的なものになりそうだ、というよくない知らせだった。