第13章 安土の夏
梅雨が明けて、夏の暑さが本格的になってきた頃
「はぁ〜、暑いぃ。もう無理ぃ〜」
「姫様っ、何と、はしたない!
そのような格好、殿方に見られたら如何致しますかっ!」
自室の畳の上に脚を投げ出し、胸元を緩めて扇子で風を送る姿は、確かに千代の言うとおり、およそ姫らしくない。
小さい頃から夏の暑さが苦手だった私は、この季節になると暑気あたりで体調を崩すことも多かった。
この安土は、故郷の小田原よりも夏の暑さが厳しいようで、初めて過ごす安土の夏に私は早くも根をあげていた。
「だって本当に暑いんだもの〜。
千代も私が暑さに弱い性質だって知ってるでしょ」
「それはそうですが……自室とはいえ気が緩み過ぎでございますよ。いつ信長様が来られるやもしれませんし」
溜め息をつきながら「それに」と続ける。
「……姫様、あの、そのぅ、申し上げにくいのですが…
最近、何かと理由を付けてはそのぅ、信長様の夜伽のご命令をお断りなさっておいででしょう?
信長様のお怒りを買っておられるのではと…千代は心配で心配で」
そう……ここ最近、私は信長様からの夜のお誘いを頑なに断っている。
信長様のことは変わらず大好きだけれど、夏のうだるような暑さの中で行う、あの行為にどうしても耐えられず……
(暑さで朦朧として集中出来ないし、いつもより身体も汗ばんじゃってぐちゃぐちゃで…なんか恥ずかしいし…無理、耐えられない)
そんな訳で、色々と理由を付けては断り続けてしまっている。
「……信長様は、何も仰らないわよ」
「だからと言って、何とも思っておられない筈がありませんよ!
姫様は殿方のお気持ちに鈍感すぎますっ。
いくら姫様に寛容な信長様とて、このような状態が続けば、いずれはきついお叱りを受けるやもしれませぬ。
どうか、姫様っ、考えを改めてくださいませっ!」
その後も千代のお説教は延々と続き、暑さのせいもあって、その日はぐったりと疲れてしまった。