第70章 初詣
織田家の正月三が日は、たくさんの来客を迎え、慌ただしくも充実した新年の始まりであった。
(毎年のことではあるけど、今年は特に忙しかったな。
本音を言えば、もうちょっと家族でゆっくり過ごしたかったけど…仕方ないか……初詣、行きたかったな)
安土では毎年、城の近くの氏神様へ初詣に出かけていた。
信長様は特に初詣にこだわりはないようで、私が『行きたい』と言うから連れていって下さっているみたいだったけど、私は毎年、結構楽しみにしていたのだ。
大坂へ城移りしてから初めてのお正月、初詣も近くの天満宮へ初めて行ってみようと秘かに思っていたのだが……三が日は生憎、時間が全く取れなかった。
(信長様はきっともう、ご政務がお忙しいよね。今年は無理かなぁ、いつまでもお正月気分じゃいられないか……)
「………朱里、どうかしたか?」
はぁ…と微かに溜め息を吐いたのを見咎めた信長様が、怪訝な表情で私を見ている。
「……っあっ、いえ、別に…」
本日は新年四日目
信長様は、今朝は執務室で早くもご政務を始められており、昨夜の濃厚な交わりが嘘のように、そのお顔は清々しく精悍だった。
(お疲れはすっかり取れたみたいでよかったけど…信長様の身体の凝りを解すつもりが、あんなことになるなんて…うっ、恥ずかしい)
信長様は、昨日の私の指圧が、ことのほかお気に召したらしく……『次も期待している』と、今朝、起き抜けに甘く囁かれてしまったのだった。
「朱里、貴様…溜め息を吐いたり、赤くなったり……忙しないな」
「えっ、ええっ、やだっ…す、すみませんっ」
赤く…なっているのだろうか、と慌てて頬を押さえて俯くと、なるほど何となく熱かった。
くくっ、と喉奥で低く笑う、信長様の声が聞こえる。
「………何かあるのか?」
「えっ?」
「隠し事は許さん、言え」
大真面目な顔でじっと見つめられて、何だか大ごとになってしまったな、と焦ってしまう。
「いえ、あのっ、大したことでは……その、初詣に、行きたかったな、って…思ってただけなんです」
「ん?初詣?あぁ……」
やっぱり、信長様はあんまり興味なさそうだな、と諦めかけたその時……