第63章 虹彩の熱情
本能寺での奇襲の後、各地でくすぶりかけた謀叛の兆しは、信長様の策によって未然に摘み取られ、不穏な動きは一掃されたようだった。
ただ…あの日から元就さんの消息は再び途絶えていて、その生死も不明のまま、毛利軍もぱたりと姿を消していた。
(元就さん…どうして…)
信長様の劇的な復活により、その求心力はより一層増し、京、大坂でも再び信長様の人気は高まっているようだ。
信長様は、焼けてしまった本能寺の修復にもすぐさま取り掛かられていて、自ら指示を出されて精力的に動かれている。
(お怪我の具合が心配なんだけどな……信長様はあまり詳しいことは仰らないし…。
家康が看てるから安心は安心なんだけど……あまり無理はしてほしくないな)
秀吉さんが『怪我が完治するまでは外出禁止ですっ!』と頑なに主張し、一日分の金平糖の増量を条件に、渋々それを受け入れた信長様は、ここ最近は視察にも行かれず、『文机の前の人』となっている。
今日も朝から天主の文机で大量の書簡を捌いておられる信長様にと、お茶の準備をしてきた私は、装飾の美しい絢爛豪華な襖に、緊張しながら手をかける。
「信長様っ、失礼します!」
「……ん?」
書簡に視線を落としていた信長様が、ゆっくりと顔を上げてこちらを振り向くと………
「っ…信長様っ…そ、それは…??」
振り向いた信長様の目元には、見たこともない装飾品?のようなものがあって………
私の視線に気がついた信長様は、器用にぴくっと眉を動かすと、目元のその装飾品に手を添えてみせる。
「……これか? ふふっ…これは『眼鏡』というものだ。南蛮からの舶来品でな、堺の今井からの献上品だ」
「…堺の会合衆筆頭と名高い今井宗久様ですね、お名前ぐらいは私も存じておりますが……」
「ふっ…宗久は天女様に会いたがっていたぞ?今度、堺にも連れて行ってやろう…秀吉のお許しが出たらな?」
チラリと流し目を送られて、いつも以上に色っぽい目元に胸の鼓動が煩く騒いでしまう。
曖昧に返事をしながら、視線は信長様のお顔から外せないでいた。
(…っ…うっ、普段でも、あの流し目には弱いのに…信長様…いつもと違う雰囲気で、見ていてすごくドキドキする…)
「信長様?その『眼鏡(めがね)』…ですか、それは、どういうものなのですか??」