第57章 光秀の閨房指南
穏やかな陽気に包まれた昼下がり、私は、季節の花々が咲き誇る本丸御殿の庭を眺めていた。
この庭は、季節に応じた花や木々が一年中途切れることなく目を楽しませてくれる造りになっており、私のお気に入りの場所だった。
安土城は、城内の装飾から庭園の造作に至るまで、信長様の意向を細かく取り入れて築城されたらしく、絢爛豪華な中にも細やかな気配りが施されている。
新しく入ることになる大坂城もまた、信長様が襖絵や屏風の意匠などにも細かく指示を出していて、秀吉さんがそれに応える為に奔走しているらしかった。
(ふふっ…今頃は、いつもみたいに大工さんや職人さん達にも気軽に話しかけて、一緒になって動かれているんだろうな……)
沢山の人に囲まれて、精力的に動いている男らしい姿が目に浮かび、キュンっと胸の鼓動が高鳴る。
思わず、ほぅっと悩ましい吐息が零れてしまった。
(はぁ…逢いたいな…少し離れてるだけなのに、信長様のことを考えるだけで、こんなにも胸が苦しくて…恋しい…)
信長様は今、京にいる。
もう間もなく完成する大坂城の最終確認も兼ねて上洛し、数日前から、秀吉さんと共に京に滞在している。
京では、帝への拝謁を済ませた途端に公家の方々の引っ切りなしの訪問を受けられたらしく、煩わしいことがお嫌いな信長様は早速苛々されていた、と秀吉さんから貰った文には書かれていた。
それでも、京での諸事を片付けながら、大坂城の完成状況を視察したり、堺へも足を運び、豪商らと異国との交易について話し合ったり、と休む間もなく動かれているようだった。
(大坂城へ移れば、京との往来も今より容易くなるし、畿内の統治にも目が届きやすくなる。堺へも自ら足を運びやすくなるから、異国との繋がりも、より深められる……信長様が大坂城を築かれたのには、やっぱり大きな意味があるのだわ…)
今更ながら、信長様の先を見る目の確かさには驚かされる。
今もまた、きっと、京の地におられながらも、遥か先、海の向こうの異国の地に心を馳せておられるに違いない。
その少年のようにキラキラと煌めく深紅の瞳を思い浮かべていると、自然と口元が緩んでしまう。
もう間もなく安土を離れることに寂しさを感じながらも、まだ見ぬ新しい地への期待と憧れに、私も日ごとに心が沸き立ってきているのを感じていた。