第55章 初恋の代償
信長様が記憶を取り戻し、安土には再び穏やかな日々が戻った。
大坂への城移りの準備は、次第に慌ただしくなってきており、中心になって取り仕切っている秀吉さんは、毎日城内を行ったり来たり、忙しくしているようだった。
そんな日の昼下がり
「秀吉さんっ、お仕事ご苦労さま!お茶淹れたから…少し休憩しない?甘味もあるよ!」
お城の蔵の中で宝物などの目録を確認していた秀吉さんに声をかける。秀吉さんは今日は朝からずっとここにいるらしい。
何しろ安土城の蔵は非常に広く、各地の大名達からの献上品が所狭しと並べられている為、目録の確認だけでも数日かかるのだそうだ。
「おっ、朱里か、ありがとな。じゃあちょっと休憩させて貰おうかなっ」
二人で縁側に腰を下ろし、庭を見ながらお茶を飲むことにする。
「……これ、何だ?見たことない菓子だな…朱里が作ったのか??」
秀吉さんが目を丸くして指差す、皿の上のその菓子は、異国の焼菓子で『パン・デ・ロー』といわれるものだ。
卵と砂糖、小麦粉を混ぜて焼いたもので、先日、信長様と南蛮寺を訪れた際に食べさせてもらったところ、その甘さと、ふわふわ、しっとりした食感に二人して虜になってしまった。
特に、甘いものがお好きな信長様は、大層気に入られて、オルガンティノ神父様を質問攻めにされていた。
私も神父様から詳しく作り方を聞いて、何度か試しに作ってみたのだけれど、これがなかなか難しく、今日は漸く少し良いものが出来たのだった。
「『パン・デ・ロー』っていう南蛮のお菓子だよ。信長様に食べて欲しくて作ってるんだけど、今日はちょっと上手くできたから…秀吉さん、味見してもらえない??」
「ええっ!?いいのか??御館様より先に俺が食べても?」
「うんっ!…って、ほんとはもう少し膨らんだものが理想なんだけどね…ごめんっ、試作品で…」
「いやいや、とんでもない…御館様に先んじて朱里の手製の菓子を頂くとは畏れ多いが……いただきます」
丁寧に手を合わせてから、皿の上の菓子を、宝石でも手に取るように大事そうに摘む秀吉さんの様子を、内心可笑しく思いながらも、口に運ばれていく菓子をドキドキしながら見守る。
ーもぐもぐ ごくんっ
秀吉さんの口の動きを固唾を呑んで見ていると………