第45章 追憶〜家康編
「家康、い、え、や、す〜、お〜い?」
顔の前でぶんぶんと振られる手のひらに、ハッと気がついて、慌てて周りを見回すと、心配そうに俺の顔を覗き込む朱里と、その隣で脇息に凭れてニヤニヤとこちらを見ている信長様。
「大丈夫、家康?」
「あ、ああ、ごめん、何?」
朱里は困惑した顔で微笑みながら、信長様と顔を見合わせている。
「何ってことはないんだけど…家康ってば、さっきから声かけてるのに、ずっと反応ないから心配で…」
「っ…ごめん、考えごとしてた。結華は?」
「ん、お乳飲んだら寝ちゃった…長く寝てくれるといいんだけどな〜」
ふぁあ、とひとつ欠伸をする朱里。何だか眠そうだ。
「ふっ…朱里、貴様も結華と一緒に少し寝てくるがよい」
信長様は朱里の頬に手をやって、愛おしそうに指先で頬を撫でてやっている。
(ちょっと…目のやり場に困るんだけど…?)
「んっ…でも…」
「よい、寝れる時に寝ておけ。いつ起きるか分からんからな。
さて、家康……久しぶりに遠乗りに行くぞ」
「………は?」
(ちょっと…この人、正気? 何言って…)
「あ、あの、信長様?政務の続きは?昼餉はどうするんですか?」
慌てて静止しようとするも、信長様は、既に部屋から出て廊下をすたすたと歩き出している。
「家康、早く来い!置いていくぞっ!」
振り向いた信長様は、この上なく上機嫌で満面の笑みだった。
「はぁ〜、もう面倒くさ…」
頭を抱えて溜め息を吐く俺を見て、朱里はにっこり笑いながら、
「ふふっ…家康?」
「………何?」
「いってらっしゃい」
「………行ってきます」
「竹千代〜!まだかっ?」
「ちょっと!その名で呼ぶな、って何度言ったら分かるんですかっ!まったく、もうっ!」
足早に部屋を出れば、廊下を曲がろうとしている、真っ白な羽織を纏った大きな背中が見えて………俺は急いでその背を追いかける。
(信長様…俺はまだ貴方の背中を追いかけてばかりだけど、いつかきっと貴方に追いついて、貴方が目指す理想の世の中を、俺も一緒に造っていきたい……それが俺の願いなんだ)