第44章 生命(いのち)
一見冷たくも聞こえる言い方には、信長様の深い思い遣りが隠されてる。効率重視の信長様が、訳も分からず延々と泣き続ける結華を、辛抱強くいつまでも抱っこしてくれる。
短気な信長様が、結華の泣き声には全く苛々しておられない。
結華に触れる手はいつも優しく、話しかける声は愛情に満ち溢れている。
それに反して、私はどうだろう………
泣きやまない結華に、焦って苛々して…時に優しくできない自分が情けない……母親なのに。
身体が思うように動かないことと、子の世話が上手くできないこととに、次第に心が折れそうになっていた。
「……朱里、悩みごとは全て俺に言え。結華は貴様一人の子ではない。俺の子でもあるのだから、世話をするのは当たり前だ。前例がどうとか、そんなことは気にするな。
疲れた時は休め。俺も千代もいる。
周りを頼ればよい。
貴様は、乳母は付けぬ、自分一人で、と言うたが…固く考える必要はない。困った時だけでも乳母に頼ればよいのだ。
世話をし、愛情をかけてくれる者が周りに多ければ多いほど、子は健やかに育つ、と俺は思う。
………父母と離れて育った俺が言うのだ、間違いない。
それに…貴様は、結華を独占する気か?それは許さんぞ」
「っ…信長様…」
私を励ます為に冗談めかして言ってくださっているけれど、その言葉はきっと信長様の本心なのだろう。
信長様は、私にも結華にも溢れんばかりの愛情を注いでくれる。
「朱里、俺は貴様が自室で結華の世話をすると言った時、それを許さなかった。本音を言えば、二人とも俺の目の届く所にいて欲しかったからだ。
だが…それは間違っておったかもしれん。昼夜、天主に俺と結華と三人で居っては、貴様も息が詰まるであろう。
本丸御殿の貴様の自室で、侍女達や秀吉ら武将達、多くの者に見守られて育つほうが結華のためにも良いかもしれん。
……但し、夜は天主で三人で布団を並べて眠るぞ。これは譲れん。
このように俺だけ別の部屋で寝させられるのは……もう嫌だからな」
最後は少し拗ねたようにおっしゃる信長様が可愛くて……でも、その口から紡がれる言葉には信長様の愛がいっぱい詰まっているのが分かるから……
「信長様…ありがとうございます」
広い胸元にそっと身体を寄せると、信長様は私を力強く抱き締めてくださった。