第44章 生命(いのち)
「……はい、もういいよ、今日はこれでお終い。変わったところは見受けられないし、順調みたいだね」
お腹の様子を見ていた家康が診察道具を片付けながら言う。
「いつもありがとう、家康」
着物を整えながら言うと、家康は少し横を向いていつものように、素っ気無い口調で答える。
「……別に大したことはしてない。お産は俺も専門外だし、いざという時は産婆の方が頼りになる」
「……私は、家康がいてくれて心強いよ。ありがとう」
「っ……」
意図せず頬が熱くなって家康は焦りながら、ゴホンっと一つ咳払いをして、
「産み月まであとひと月だから。お腹もだいぶ大きくなったし、転んだりしないように気をつけなよ。
それと……夜伽は…今はもうしてないよね?」
「うっ、うん。お腹が大きくなってきてからは、流石に怖くて…信長様もしたいとは仰らないし…」
(まぁ、夜伽はしてないけど、それ以外は色々と…しちゃってるんだけど…それは家康には言えない…)
「このひと月は、夜伽はもちろん禁止。それ以外にも…身体の触れ合いや深い口づけもなるべく避けて」
「ええっ!そうなの??」
(うぅ…そんなのもしちゃダメなの??)
「そういう快楽を伴う行為は、産み月が早まることにもなりかねないから…念の為にね」
「……分かりました…」
『じゃあまた様子見に来るね』と言って家康が天主の部屋を出て行くのを複雑な気持ちで見送る。
「はぁ…あとひと月も信長様と触れ合えないなんて…」
お腹が大きく目立つようになった私は、天主へ続く階段の昇り降りが辛く、また急な階段は危ないということもあって、近頃は自室に戻らず、天主で一日過ごしている。
信長様は昼間は政務で表にいらっしゃるから、私はこの広い天主で一人なのだ。
夜に信長様がお戻りになって、二人だけで触れ合う時間は、信長様にとっても私にとっても大事な時間だったのだけれど…
(口づけもダメ?触れるだけの軽いのなら、大丈夫かな…でも、いつも流されちゃって、気がついたら結構激しく唇奪われてたりするんだよね…)
家康に言われた言葉を、私は一人悶々と思い悩みながら、信長様にはなんて説明しようかと考えあぐねていたのだった。