第37章 危機
次に私が目を覚ましたのは、昼も過ぎ、間もなく夕餉の時刻か、というような頃だった。
(うぅ…信長様は怪我人なのに…乱されて私が意識を失うなんて…)
褥の上で恥ずかしさに顔を俯ける私を満足そうに見つめながら、文机の前で文を書いておられる信長様は、お熱もすっかり下がったようで、いつもの余裕たっぷりの信長様だった。
「っ…ひどいです、信長様。心配したのに…」
「無防備に眠りこけておった貴様が悪い……あのように艶かしく足をさらけ出しおって…」
「ええっ?そんなことしてませんっ…」
「くくっ…無意識とは…貴様、おそろしいな」
「もうっ!信長様っ!」
お熱が下がって安心したけど、やっぱりまだ心配…あんなにひどい傷だったし、さっきの情事で随分激しく動かれたから…
「あの、信長様…傷口の具合はいかがですか?
家康から、目覚められたらこの薬湯を飲んで頂くように、って言われてたんです。ちょっと遅くなっちゃったけど…飲んで下さいね?」
家康から預かっていた薬湯を器に入れて差し出すと、信長様は眉間に皺を寄せてさも嫌そうな顔をする。
「……それは何の薬だ?熱はもう下がったぞ」
「え?あっ、えーっと…傷口が膿まないようにする薬、だそうですよ。これから数日間、一日に何度か飲まないといけないらしいです。はい、どうぞっ!」
「………………」
(ん?どうしたんだろ?)
「………もう熱も出ぬし、こんな傷、すぐに塞がる。俺は薬湯は飲まんぞ。まぁ……貴様が飲ませてくれると言うのなら……飲んでやっても良いがな」
ニヤニヤしながらそんなことを仰るので、呆気に取られて、まじまじと信長様の顔を見る。
(っ…飲ませるって、口移しってこと??信長様ったら、そんなにお薬が嫌なの?確かにこの薬湯、ドロドロしてて、如何にも苦そうだけど……またそんな子供みたいな…)
「信長様っ!子供じゃないんですから、薬湯ぐらい自分で飲んで下さいね!」
「………貴様、言うようになったな…」
まさか私が拒否するとは思ってなかったのだろう…信長様は不満そうな顔をしておられたけれど、結局全部飲んで下さった。
(その後、金平糖を何粒も口に放り込んでおられたことは…秀吉さんには内緒にしといてあげようっと)
(ふふ…私だってたまには貴方を困らせてみたいんだもの)