第37章 危機
伊勢を出立して、日中に千草峠の手前まで進み、その日の夜は行きと同じ宿に再び宿泊した。
翌朝、馬上で他愛ない話をしつつ、私達はゆっくりと馬を歩ませる。
「信長様、お疲れではありませんか?」
信長様の胸に凭れながら、顔を後ろに少し傾けて問いかけると、すかさず顎を捉えられて、口づけが降ってきた。
「んんっ、っ、は…ぁ…」
チュッ チュッ チュプッ
「やっ…んっ…信長さま…だめ…危ないです」
片手で手綱を握り、視線は私の方を向いているのに、馬の歩みは止まることなく真っ直ぐに進んでいる。
(ほんと器用だよね、信長様…って感心してる場合じゃない!)
「んっ…もぅ、お終いです…」
少し強引に唇を離すと、いかにも不満そうな顔をしておられる。
(ふふ…子供みたい…可愛いな。……子供か…そういえば…)
「あっ、あの、信長様? 出立の時に義母上様に、『子供が出来たら』って言われてましたけど………信長様は、早く御子が欲しいんですか??」
思いがけない質問だったのだろうか、信長様は私の問いかけに一瞬固まったように黙り込み、目を泳がせた。
(っ…あれ?私、なんか変なこと言ったかな??)
「…あの…信長様?」
「…貴様、急に何故そんなことを聞く?」
「えっ?いえ、ずっと気になってたもので…」
(信長様が口づけを止められて子供っぽく拗ねてる姿が可愛くて、子供のことを思い出した、とは言えない……)
「やっぱり、お世継ぎは早く欲しいですか?」
「………………」
(あれ?なんか変??何故、何も言って下さらないんだろう?)
「信長様?聞いてます?」
「……すまん、貴様の問いがあまりにも俺の予想を超えていた。
母上には、あのように言ったが、正直なところ、これまで子供のことを意識したことはなかった。
俺には家族との良い思い出がなかった故、自分が子を持つ姿など想像できなかったのだ。
だが……貴様の産む子ならば、それはきっと愛おしいものなのだろうな」
「信長様………」
(そんな風に思っておられたなんて、考えてもいなかった)
「だが、貴様は『早く世継ぎを』などと気負わずともよい。子は、できてもできなくても、かまわん。
まぁ、此度の旅では存分に貴様を抱き尽くしたゆえ、もうできておるやもしれんがな、くくっ」
「やっ、やだ…そんなこと仰らないで下さいっ!」