第36章 母というもの
翌朝、出立の準備をした私達は、城門の前で見送りを受けていた。
「兄上、道中くれぐれもお気をつけて。
こちらの様子はまたご報告致します」
「ああ、伊勢の守りは頼んだぞ、信包」
「兄上、朱里様、またお会いできることを願っております。
兄上、お身体に気をつけて下さいね。ご無理ばかりなさいませんように……朱里様、兄上のこと、お願い致します」
「ふっ、市よ、また安土へも遊びに来い……江たちも一緒にな」
今日は江姫も姉たちと一緒に見送りに来てくれていた。
江姫は、信長様に対する憧れにも似た恋心はまだ持っているようだったけど、それでも私達に『おめでとう』と言いに来てくれた。
その気持ちが嬉しかった。
皆から少し離れたところで、信長様を見つめる義母上様の姿を見つける。
(義母上様……よかった、見送りには来て下さったのね。
昨夜はあまりお話もできなかったから…信長様は、義母上様に何か仰られるかしら?)
隣に立つ信長様は、信包様やお市様と笑顔でお話されている。
昨夜は結局、信長様とは義母上様のことを何も話し合えず、信長様は話し合いを避けるかのように私に背を向けて、早々に休んでしまわれた。
ただ……目覚めた時、いつものように私を抱き締めながら髪を優しく梳いてくれた、その時の満ち足りたような穏やかな表情は、伊勢に来てから初めて見るものだった。
色々と考えながら義母上様の方を見ていると、信長様から何事か言われたお市様が、義母上様の元に駆け寄っていくところだった。
(?何かしら?)
お市様は義母上様の手を引いて歩き出し、私達の前に戻ってくると、義母上様の背中をそっと押した。
「あっ……信長殿っ…」
「………………」
「……身体に気をつけて。朱里殿と仲良くね」
「………………」
「母はこの地から貴方を見守っています。貴方の大望が叶う日を願いながら…」
信長様を見つめる義母上様の目には、薄らと涙が浮かんでいた。
「………市と共に、一度、安土の城を見に来られるがよい。
いつになるかは分からぬが、朱里に子が出来たら……抱いてやって下され………母上」
「信長殿っ…今、母と…また私を母と呼んでくれるのですか?
ありがとう…ありがとう…」
義母上様は両手で顔を覆い、声を上げて泣いておられる。それを見て私も耐え切れずに泣いてしまった。