第35章 伊勢へ
「朱里、起きろ、まもなく着くぞ…見よ、あれが安濃津城だ」
あの後、暫くは信長様と他愛ない会話をしたりして馬に揺られていた私は、結局、迫り来る眠気に勝てずに、眠ってしまっていたようだった。
「ん……ごめんなさい。私、眠ってしまって…」
「よい、気持ち良さそうに眠っておったわ」
(う〜情けない…結局、迷惑かけちゃった…)
城下に入り、しばらく行くと城門が見えてくる。
「兄上!」
城門の前には、信長様に面影の似た男性と……あれは……お市様、茶々姫、初姫、の姿があった。
「出迎えご苦労。信包、久しいな、変わりはないか?」
馬をゆったりと歩ませて城門前に進ませた信長様は、先頭にいた男性に馬上から鷹揚に声をかけた。
(この方が信包様か……信長様にも少し似ておられる…美形だわ。
お市様といい、織田家って美形しかいないのかしら……)
信長様の御子を産むかもしれない私は責任重大だなぁ、なんてことをぼんやり考えながら信包様を見つめていると、
「はっ、皆、変わりなく。
…………まさかほんとに、お二人で来られるとは思ってませんでしたよ。やっぱり兄上は、変わらないですね。
義姉上、初めまして。信包です」
「あっ、初めまして。朱里と申します。お会いできて嬉しいです」
「ふふっ、噂どおりの方ですね。市からも色々と聞いてますよ」
「お市様!お久しぶりです!」
「朱里様!来てくださって嬉しいです。伊勢まで遠くてお疲れでしょう?さぁ、城の中へ入りましょう」
「あっ、はい!……あのっ、お市様…江姫は?姿が見えぬようですが…」
お市様は苦笑いを浮かべて、隣に控える二人の娘を優しい眼差しで見遣ると、
「……ごめんなさい、朱里様。
江は、兄上が祝言を挙げられたと聞いて拗ねているの。
……また後ほど、ご挨拶させますから」
「………………」
江姫の天真爛漫な笑顔を思い浮かべて、胸がチクリと痛む。信長様を本当によく慕っていたから……傷つけてしまったかもしれない。
「兄上、母上は中でお待ちですよ、行きましょう」
信包様の申し出に、それまで笑顔で応じていた信長様の態度が一変する。
「……俺は母上には会わん。朱里、貴様だけ会ってこい。
信包、行くぞ。国内の様子など、詳しく聞かせよ」
そう言うやいなや馬を預けて、もうスタスタと歩き出している。